タイトロープ

人生綱渡り。決心のきっかけはいつも時間切れ。

月下美人

衛藤美彩さん出演ミュージカル「笑う男」を観ました(3回)。
3ヶ月も前のことなんで、今さら感が凄いですけど。もちろんネタバレもありますが、それこそ今さら。w
 
簡単にあらすじから。
人買いにさらわれ、見世物として口の両端を切り裂かれ、醜い笑顔を刻み付けられた子供、グウィンプレン。彼はその人買いからも捨てられ荒野を彷徨ううちに、母親と思しき女性の遺体に抱かれて泣き叫ぶ赤子を拾った。彼はその赤子をデアと名付け、さらに野を進むうちにウルシュスという男性に保護され、三人は家族として暮らし始める。
妹のデアは見目麗しく成長したが、彼女は心臓が弱い上に、目が見えなかった。兄のグウィンプレンは父ウルシュスの仲間と共に劇団(見世物小屋)を立ち上げ、自らの醜い顔と兄妹の不幸な生い立ちをも売り物として、人気を博すようになる。
そしてグウィンプレンは王侯貴族の女性に見初められ、家族は引き裂かれ、抗えない運命の波に呑まれていく...
といった感じ。
 
美彩が演じるデアは、物心ついた時から目が見えず、兄というフィルターだけを通して世界を見る、世間知らずの少女。貧しいながらも周囲の人から愛されて育ち、他人を微塵も疑わず、ただひたすら純真無垢。という人物像。
非常に難しい役どころですが、初登場の歌唱シーンで心配は吹き飛びました。
その立ち姿。その歌声。
儚く、強く、澄みきった、美しいオーラに触れた瞬間に涙が溢れてきました。
見た目はね、もちろん可愛らしい(美しい)ことが判りきってて疑いようも無かったんですが、歌唱力が本当に素晴らしかった。純粋さと兄への愛を表現して歌い上げる、優しく柔らかくて、透き通った歌声。
いやー...素敵だった。(好きだあああああ!!!と叫びたくなりました)
 
乃木坂というグループの中では常にお姉さん扱いされていましたが、やはりあのキャスト陣の中に入れば、まだまだ若輩者。事前のインタビュー等からも、キャストの中で可愛がられている空気は伝わってきていましたが、それが舞台上でも醸し出されていたと思います。メイクの感じも相まって、幼い、頼りなさげな雰囲気が作れていましたね。(可愛い
 
運命に翻弄されていく中で、自分を拾って育ててくれた兄を慕う気持ちが、いつの間にか異性への愛に変化していくわけですが、それも上手く表現できていたと思います。(可愛い
 
目が見えない故に想像の中でしか光を知らず、煌びやかな王宮に憧れたりもしていたけど、それでも彼女は、何者をも妬まず、何者にも恨み言を吐かず、ただただ純粋に兄や父や仲間との華やかで幸せな生活だけを夢見る、純情可憐な少女だった。
「盲目だから心が美しい」などとステレオタイプな綺麗事を言うつもりはないけど、事実、彼女は善人と悪人を本能的に判別していたし、世間から忌み嫌われるグウィンプレンも、デアにとっては自分の命を救って育ててくれた優しい兄でしかなかった。
兄は世間から醜悪と蔑まれながらも、自分の顔を知らない妹が常に傍らに居たからこそ、己の運命を呪わずにいられたのだと思う。父ウルシュスでさえも「お前の顔は醜い」と発言していたぐらいで(もちろんウルシュスの言動には本物の親子以上の情愛が満ちていたわけですが)。
 
兄は妹の目で、妹は兄の鏡だった。
妹は兄を通して世界を見て、兄は妹に自分の心を映して見た。
だから兄が消えた時の彼女の絶望は深かったし、兄もまた、妹と離れ離れになって心が荒んでいるような描写が見られた。改めて、人の心というのは、本人ただ独りだけでは決まり得ないのだと思った。人は人と接して、互いに作用して、他者との境界を自覚することで、心が形作られるのだと思う。
 
最終的に、仲間や自分の下に帰ってきた兄に見守られながらデアは息を引き取るのだけど、この時の歌唱シーンが圧巻だった。
自分と世界との間の唯一の接点だった兄。その兄に対して抱く想いを込めた歌。だけど、あれは兄個人への恋だけでなく、生きたいという本能にも似た、世界との繋がりを求める心の叫びだった気がする。思えば、雪闇の中で二人が出会ったのも、ただただ生きたいと願う赤子の泣き声をグウィンプレンが吹雪の音の中から聞き分けたからだった。心からの純粋な叫びは、何故こんなにも人を惹きつけ、揺さぶるのだろうか。
 
月明かりの下で凛と佇み、想いを歌い上げる彼女は本当に美しかった。月下美人という花は長い生育期間を経て美しい花を咲かせて、たった一晩で枯れてしまうけど、この時の彼女は正にそれだった。
こうやって書いていて、僕は「彼女」の中にデアを見ているのか、衛藤美彩を見ているのか、自分でも解らない。ただ、それほどまでに、その姿は神々しかったし、衛藤美彩がデアになりきっていたという証しだろう。
 
衛藤美彩は、この笑う男の製作発表から実公演までの間に乃木坂46を卒業してしまったのだけど、卒業後の初仕事がこれだったのは素晴らしかった。何より、自分がこれを観劇できて本当に嬉しかった。
彼女の行く末が、光り輝くものであることを願って。
 
 
--------キリトリセン--------
 
 
本当に今さらの感想アップです。
ある程度までは書き溜めてたんですよ。だけどイマイチまとまらなくてお蔵入りになってました。
タイトルの「月下美人」は一回目の観劇中からもう頭に浮かんでました。感想をブログに書くならこれにしようと。それほど鮮烈なイメージだった。
前回のブログ(SHOWBOYの感想)を書いて、そのタイトルが図らずも月だったということもあり、やっぱりこれも仕上げたいなと思って、慌てて筆を執りました。
 
衛藤美彩

衛藤美彩とは編集