タイトロープ

人生綱渡り。決心のきっかけはいつも時間切れ。

揮発性メモリー

衛藤美彩さん・仲野太賀さん主演映画「静かな雨」を観てきました。

ネタバレを含みますので、見たくない人はここでUターンを。

 

 

こよみ(美彩)と行助(太賀)の間に芽生えた、緩やかで微かな恋心。まさにその恋が成就しようとした時に発生した事故。それが原因で、こよみは新しい記憶が残らない体になってしまった。

せめてもの救いは、古い記憶は何の問題もなく残っていたことだけど、それは苦しみの入り口でもあった。完全に恋が実った後であれば、その障害も難なく乗り越えられたであろう。あるいは、お互いが想い合っていることを実感する前であれば、その恋は胸に僅かな棘を残すだけで静かにフェードアウトしていったに違いない。

月明かりの下で彼らの心が通じ合ったのは、ロマンスのスタートではなく、呪いとでも呼ぶべきものだった。

こよみは毎朝目覚めるたびに、ここはどこかと訊ねる。SFのタイムリープのように、同じ朝を繰り返す彼女。最初は真摯に向き合っていた行助も、徐々に疲弊していく。こよみの行動を先回りして、予めコーヒーを淹れておくようにもなった。そんな行助の姿が痛々しかった。

 

記憶が蓄積しない、というのは単に物忘れが激しいというレベルの話ではないのだと気づいた。

それは経験が蓄積しないだけでなく、全てが無かったことになってしまう。時間が進まないのだ。行助は他の誰しもがそうであるように、普通の時間の流れを過ごしていく。でも、こよみは永遠に、あの事故の翌日で時間が止まってしまった。

一方的に開いていく二人の時間差。

行助に追い打ちをかけるように現れる、こよみの元彼。「自分は彼のように、こよみと時間を積み重ねることができない」と実感してしまった行助の絶望はいかばかりか。

 

でも、心を痛めているのは行助だけではなかった。当然と言えば当然だけど、自分の思慮の浅はかさに辟易してしまった。記憶を補完するためのメモ書きが家中の至る所から見つかるシーンで涙が溢れてきた。二人はこれからも悩み苦しみながら歩んでいくのだろうけど、けして悲観的な未来は見えなかった。記憶が消えても、残るものはあると信じたい。彼らの人生に幸あれと願う。

中川監督は、この物語を現代の寓話だと言った。まだまだ自分が読み取れていない、多くのメッセージが込められていると思っている。何度でも見返したくなる作品。

 

 

簡潔に言うなら、とにかく「美しい物語だった」と。二人の間の柔らかな空気さえも映像と音楽に封じ込められているようだった。

途中途中の描写が、二人の関係を象徴的に表現していたように思う。

 

鯛焼き屋での作業や研究室でのデスクワークのシーンは、平穏な日常を。

月光の輝きが二人の恋心を。

雨が波乱を。

モーニングコーヒーや食べ物の好き嫌いが、蓄積しない記憶と時間を。

 

切ない悲しみに彩られた、そして優しい愛に包まれた、美しい物語だった。

 

 

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ネタバレありとしつつ、ネタバレを気にしながら恐る恐る書いたので、ホントに無難で浅いことしか書いてない気がする。いずれ公開から時間が経ったらまたアウトプットを更新しようと思います。